要点のまとめ
■ 助動詞「す・さす・しむ」
(1) 意味
① 使役(~せる(させる))
② 尊敬(お~になる・お(ご)~あそばす)
(2) 活用 下二段型
基本形 | 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 | 命令形 |
す | せ | せ | す | する | すれ | せよ |
さす | させ | させ | さす | さする | さすれ | させよ |
しむ | しめ | しめ | しむ | しむる | しむれ | しめよ |
(3) 接続 未然形
「す」と「さす」は各々異なる動詞に付く。
す :四段・ナ変・ラ変の未然形に接続する
さす:上以外の未然形に接続する。
(4) 「す・さす」と「しむ」の違い
「す・さす」は和文で、「しむ」は漢文訓読文・和漢混交文で用いられた。
また、「す」「さす」と「しむ」とは、それぞれ用いられる文体が異なります。
「す」「さす」「しむ」は、いずれも使役と尊敬をあらわす助動詞です。順に見ていきましょう。
(1) 使役
使役は、他のものになにかをさせることをいい、<~せる(させる)>と訳します。
「す」「さす」「しむ」が尊敬をあらわす語をともなわずに単独で用いられた場合、つねに使役の意味になります。
使役の「す」「さす」「しむ」は、現代語の助動詞「せる」「させる」「しめる」に当たります。
【例】妻の嫗に預けて養はす。(竹取)
<妻である老女に(かぐや姫を)預けて育てさせる。>
【例】御格子あげさせて、御簾を高くあげたれば、笑はせ給ふ。(枕)
<(女房に)御格子を上げさせて、――>
【例】愚かなる人の目をよろこばしむる楽しみ、またあぢきなし。(徒然)
<愚かな人の目を喜ばせる楽しみも、――>
もっと知る◆受身の「す・さす」
軍記物語などでは、戦闘の場面で実際はやられたほうであるのにもかかわらず、受身の「る」「らる」ではなく、使役の「す」「さす」を用いることがあります。これは、受身(~される)の表現を嫌った武士特有の用法であって、実質的には受身をあらわしています。
○ 畠山、馬の額をのぶかに射させて (平家)
<畠山は、馬の額を深々と射られて>
この例文では、「射られた」というとかっこ悪いので、「射させてやった」という言い方をしています。
(2) 尊敬
「す」「さす」「しむ」は尊敬をあらわすこともあり、<お~になる・お(ご)~あそばす>などと訳します。
「す」「さす」「しむ」は、本来、使役をあらわしますが、身分の高い人の動作に付くことが多く、そこから尊敬の意味が生じました。
「す」「さす」「しむ」が尊敬をあらわす場合、かならず他の尊敬をあらわす語(「給ふ」「おはします」など)と一緒に用いられます。尊敬をあらわす「す」「さす」「しむ」が単独で用いられることはありません。
したがって、「す」「さす」「しむ」が尊敬で用いられる場合は、敬意の高い二重敬語の表現になります。
とくに、「せ給ふ」「させ給ふ」という表現は頻出です。
【例】人目を思して、夜の御殿に入らせ給ひても、まどろませ給ふことかたし。(源氏)
<(帝は)――、ご寝所にお入りになっても、うとうととお眠りあそばすことも難しい。>
【例】語りいでさせ給ふを、上も聞しめし、めでさせ給ふ。(枕)
<(定子中宮様が)お話しになるのを、天皇もお聞きになり、お褒めになる。>
【例】おほやけも行幸せしめ給ふ。(大鏡)
<天皇もお出かけになる。>
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逆に、「す」「さす」「しむ」が尊敬をあらわす語をともなっているからといって、かならずしも尊敬の意味で用いられているとはかぎりません。使役の意味であることもありえます。
そのため、「せ給ふ」「させ給ふ」「しめ給ふ」のように尊敬をあらわす語をともなう「す」「さす」「しむ」が使役と尊敬のどちらの意味であるかは、結局、文脈から判断しなければいけません。
その際、「(誰々)に」というように、なにかをさせる相手が示されているか、または補うことができるのであれば、使役の意味になります。
【例】御琴召して、内にも、この方に心得たる人びとに弾かせたまふ。 (源氏)
<――、この方面に精通した人(女房)たちにお弾かせになった。>
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使役と尊敬の意味の見分け方についてまとめます。
古文のコツ★「す・さす・しむ」の意味の見分け方
① 直後に尊敬語がなければ、かならず使役の意味。
② 直後に尊敬語(「給ふ」など)があれば、文脈から判断する。その際、「(誰々)に」というように使役させる相手が存在するのであれば、使役の意味。
もっと知る◆謙譲の「す・さす・しむ」
主に会話文で用いられる語に、「参らす」「聞こえさす」「奉らしむ」などがあります。
それぞれ謙譲をあらわす動詞「参る」「聞こゆ」「奉る」に助動詞「す」「さす」「しむ」が付いた形であると考えると、使役または尊敬(「給ふ」が続く場合)を意味する表現になります。
○ かの祖母に語らひはべりて、聞こえさせむ。(源氏)
<あの祖母に相談しまして、(祖母に)申し上げさせましょう。>
ところが、本来、このように「聞こゆ」という動作を他人を使ってするという意味であったのが、「他人を使って」という意識が消えて自身がその動作をするという意味になる場合があります。
○ いとせちに聞こえさすべきことありて (大和)
<まことにぜひとも申し上げたいことがあって>
このようにして使役(尊敬)の意味を持たなくなった「す」「さす」「しむ」は、謙譲の意味を強める働きをする助動詞であると捉えることができます。
「申さす」「奉らす」「啓せしむ」などについても同じです。
もっとも、これらの語の中には、「参らす」「聞こえさす」のように、連語ではなく一語として扱われるものもあります。
「す」「さす」「しむ」は、いずれも動詞の下二段活用と同じような活用のしかたをします。
基本形 | 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 | 命令形 |
す | せ | せ | す | する | すれ | せよ |
さす | させ | させ | さす | さする | さすれ | させよ |
しむ | しめ | しめ | しむ | しむる | しむれ | しめよ |
「す」「さす」「しむ」は、下二段型の助動詞であるとだけ覚えておけばよいでしょう。
「す」「さす」「しむ」は、いずれも動詞の未然形に付きます。
ただし、「す」と「さす」は、それぞれ異なる種類の動詞に付きます。
すなわち、動詞の活用の種類は九つありますが、「す」は四段動詞・ナ変動詞・ラ変動詞の未然形に付き、「さす」はそれら以外の活用をする動詞の未然形に付きます。
「す」「さす」と「とむ」とは、どちらも意味・活用・接続は同じですが、それぞれの用いられる文体が異なります。
もともと、上代(奈良時代)には、使役をあらわす助動詞として「しむ」が用いられていました。
しかし、中古(平安時代)に入って女流文学(和文体)が中心になると、「す」「さす」が和文で用いられるようになり、一方、「しむ」のほうは漢文訓読調の文章で用いられるようになります。(中世以降は、和漢混交文で用いられました。)
また、「しめ給ふ」が尊敬をあらわすようになったのは、中古以降の用法です。
準備中
あんにょん (水曜日, 08 7月 2020 22:20)
詳しい説明がいいですね!